混み合った山 -- インターネットでまだ稼げるのか?
罠と蜜
稼げる場所に行け、金を払う場所じゃなく。当たり前だ。でも「じゃあ具体的にどこ?」と聞いた瞬間、話は一気にややこしくなる。
昔は簡単だった。山に罠を仕掛ける。木に蜜を塗る。翌日回収しに行けば、何かかかっている。インターネットも同じだった。コンテンツを置く。サービスを作る。寝ている間に人が来て、気づけば金が入っている。
実際にそれが機能していた時代があった。
山が変わった
プログラミングを教える学校なんてほとんどなかった。パソコンを持っている人すら少なかった。山は静かで、罠を仕掛けている人間はほぼいなかった。だからたくさん獲れた。
ウェブサイトを作ること自体も大変だった。Dreamweaverでスペーサー画像を配置し、デザインをテーブルレイアウトにスライスする -- あれは本当に職人技だった。
今はどうか? 山を見渡してみろ。罠だらけだ。どの木も蜜が滴っている。本物の山で同じ光景を見たら、「これは絶対うまくいかない」と即座に思うだろう。でもインターネットでは見えない。だから皆が罠を仕掛け続ける。2億1個目の罠。自分のだけは特別だと信じて。
スキルは変わっていない。山が変わったのだ。
堀は干上がった
投資の世界で、「堀」とは競争を寄せ付けない優位性のことだ -- スキルの差、参入障壁、他者が簡単には越えられないもの。ウォーレン・バフェットがこの言葉を広めたとされている。コードが書けて、他の人には書けない。それが堀だった。
以前にも起きたことだ -- 道具が何かを誰にでもできるようにした。Squarespaceがウェブデザインの堀を干上がらせた。YouTubeが教育の堀を干上がらせた。道具が何かを簡単にするたびに、一つのスキルが特別でなくなった。
しかしLLMは違う。汎用的な堀の排水装置だ。コーディング、ライティング、デザイン、翻訳、データ分析 -- すべてが同時に平準化されている。一つずつではない。すべてが、同時にだ。
で、どうする?
いくつか選択肢が浮かぶ。
大量に罠を仕掛けて確率に賭ける。 力技だ。500個罠を仕掛ければ何かかかるかもしれない。でも競争相手は一人じゃない -- 無限だ。無限を相手に物量勝負は勝てない。
誰もたどり着けない危険な山を見つける。 困難で、リスクが高く、模倣しにくい場所。参入障壁そのものが競争を排除する。レガシーシステム、規制産業、セキュリティ、低レベルエンジニアリング -- 失敗のコストが高く、気軽なプレイヤーが近づかない領域。
罠の仕掛け方を人に教える。 獲る側から教える側に回る。教える側は常に罠を仕掛ける側より少ない。自分で実際に獲ったことがあるなら、教材には本物の重みがある。(一度作ってSaaSとして繰り返し売る手もある -- もっともUdemy、Codecademy、Progateがすでにやっているが。) でもどうやって平気な顔で教えられる? 元の山がすでに満杯なのを知っている。教え子たちはたぶん大して獲れない。でもよく見てみろ -- 教えること自体がもう一つの山だ。
誰が君を山に留めたいのか?
誰も言わないことがある。混雑は偶然じゃない。誰かがそれで儲けている。
プラットフォームはクリエイターにアップロードし続けてほしい -- それが在庫だから。講座の売り手は受講生に山にまだ余地があると信じてほしい -- それが市場だから。ツールベンダーはビルダーに作り続けてほしい -- それが収益だから。エコシステム全体が、あなたの罠こそうまくいくという前提で回っている。
彼らはあなたに成功してほしいわけじゃない。挑戦してほしいだけだ。
見えることの価値
どの山を見ても同じ結論に至る。「ここもすでに罠だらけだ。」
でも、それが見えること自体が稀だ。ほとんどの人は山全体を見ることなく罠を仕掛けている。混雑が見えるなら、見えない人とは違う判断ができる。
堀がなくなった後に何が残るか?
よくある答えはこうだ。最後に残る堀はLLMにできないことだ、と。現実世界の人間関係、信頼、責任、機械に任せるには重すぎる判断。
しかしその答えには問題がある。それはまさに技術者が最も苦手とするスキルだ。内向的なプログラマーの夢はいつも「仕事で語らせる」だった。しばらくの間、山は十分に静かで、それが通用した。今、山は叫んでいて、騒音の中であなたの仕事は誰にも聞こえない。
対岸
みんなが現実世界にいたとき、優位性はインターネットの世界にいる者にあった。プログラミングそのものじゃない。群衆がいない場所にいたこと。
今、みんながインターネットに来た。使う道具が見えるものを決める -- 画面の前にいる限り、あらゆる機会がインターネット上のものに見える。混み合った山の、もう一つの罠。
スキルの本質は特定の山じゃなかった。他の人がいない場所にいる嗅覚だった。
別のゲーム
誰もリストに載せない選択肢がもう一つある。罠を仕掛けるのを完全にやめることだ。
ここまでのすべての戦略は、ゲームが罠猟であることを前提にしている -- 山で何かを捕まえること。罠を増やす、険しい山を探す、罠の仕掛け方を教える。でも、ゲームそのものが間違った枠組みだとしたら?
投資を考えてみろ。パターン認識だ -- 他の人に見えないものを見ること。どの山が混んでいて、どの山が空いているかを判断すること。それは罠猟じゃない。地形を読むことだ。そして混雑を見抜く力 -- まさにこの記事全体が扱っている能力 -- がその核心にある。
そしてここで、LLMが別の意味で役に立つ。地形を読むのは思考だけじゃない -- 道具が要る。データを処理し、仮説を検証し、パターンをモデル化するシステム。以前はコーディングがボトルネックだった。今、LLMがその道具作りを容易にした。ボトルネックは自動化できない部分に移る -- 何を作るか、なぜ作るかという判断だ。堀はもともとコードじゃなかった。その背後にある判断力だった。
答えは別の山じゃないのかもしれない。まったく別のゲームかもしれない -- 罠を仕掛けて待つのではなく、山そのものを読むこと。罠を仕掛けるのではなく、罠を仕掛ける者たちが次にどこへ行くかを理解すること。
初めて、道が混んでいないように見える。