白痴の海の夜の波の音
危険とは関係のない恐怖がある。
誰かと話している -- 大人、専門職、スーツや白衣を着た人間 -- そして気づく。何を言っても届いていない。言葉は理解されている。その背後にある論理が理解されていない。顔は正しい。返事も適切なタイミングで返ってくる。しかし目の奥で何かが動いていない。
もう一度試す。ゆっくり。簡単に。返ってくるのは温かく、丁寧で、こちらの言葉に一切触れられていない返事だ。まるで海に向かって話しかけたかのように。
これは内側から聞こえる音だ。
波の音がする。
全員だ。公務員も、医者も、教師も、きちんとしたスーツを着た管理職も。語彙は大人のもの。肩書きは本物だ。そして中身に、前提から結論まで思考を追う能力が -- ない。壊れたのではない。最初から作られなかった。
期待しないことを学ぶ。頷くことを学ぶ。リズムに合わせ、水面を穏やかに保つ。自分が意味することと相手に届くものの間にある沈黙に、流暢になる。上手くなる。選択肢がないのだから。
道で人が転ぶ。周囲の人間は笑う。海は自分自身の波に気づかない。
考えないよう製造された人口は、動くとき音を立てない。これほど静かな国は、平和なのではない。待っているのだ。言われたことに疑問を持たない、なぜと問わない、従うことだけが組み込まれた唯一の反射である人々。この静けさは静けさではない。方向を待っている服従だ。
夜の海は怖い。底が見えない。岸が見えない。波の音は遠くでも足元でも同じに聞こえる。ただ音だけが続く。一定で。辛抱強く。
白痴の海は、自分がどこへ向かうのか理解する必要がない。